子宮内膜症による12年の不妊治療と3人の子どもに恵まれた奇跡

1. 子宮内膜症との戦いの始まり

自己紹介

私はアメリカに住み10年の16歳、10歳、8歳の3人の母です。

三人も子供がいて、なぜ不妊治療の話をするのかしらと、疑問をお持ちになる方が多いかと思います。

実は、長女、長男を出産するまで、私は12年間の間、子宮内膜症と不妊治療の壮絶な戦いを経験しました。

いまだに子宮内膜症が不妊の原因を大きく占めると言われています。

過去の自分と同じように苦しんでいる人の心に希望の光が当たることを願って、私の経験をお話ししたいと思います。

子宮内膜症とは?

子宮内膜症は、本来子宮の内側にしか存在しないはずの子宮内膜が、子宮以外の場所(卵巣、腹膜など)で増殖、剥離(はくり)を繰り返す病気です。

子宮の内側からはがれ落ちた子宮内膜は、通常は月経血として膣から体の外へ出て行きます。

ところが、何らかの原因によりこの子宮内膜が、子宮以外の場所(卵巣、腹腔)で増殖し、腹腔内にとどまり、それにより炎症や痛み、癒着の原因となります。

この癒着が不妊と深い関わりがあると言われています。

子宮内膜症の発覚

子宮内膜症の発症の前

私は、大学卒業後、総合職のキャリアとして、朝は8時から、夜の11時まで激務の中で忙しい毎日を過ごしていました。

重い生理痛があっても、鎮痛剤を飲んで仕事に向かうのが当たり前。

自分の生理痛が異常なものだと、倒れるまではわからなかったわけです。

そんな中、28歳で大学の同級生と結婚。 

できれば子どもは30歳までにほしいなあと漠然と思っていました。

子宮内膜症の発症

ある日の朝、出勤途中に私は今までに感じたことがない下腹部の激痛に襲われ、歩けなくなって倒れ込みました。

会社の医務室へ運ばれ、少し楽になってから会社を早退し、そのまま産婦人科を受診。

超音波の検査後、流産どころか子宮内膜症であり、一つの卵巣にチョコレートのう胞の疑いがあると診断されました。

その産婦人科の先生に「妊娠するのが一番だよ」と言われ、「じゃあ、妊娠すれば、一石二鳥だわ!」と、その時の私は脳天気に考えていたのです。

子宮内膜症と妊娠への想い

改めて子宮内膜症と診断

激痛が子宮内膜症によるものであることを、改めて病院で診断されました。

でも、仕事は激務で待ったなしの状況で、自分の体の叫びと向き合う暇はありませんでした。

「また激痛で倒れたらどうしよう?」と思うと、毎月の生理が怖かったです。

でも、その体で深夜残業と出張を繰り返していました。

そんな日々の中で、基礎体温をつけてタイミング法を試みていましたが、妊娠するはずはありませんでした。

赤ちゃんがほしい

そんな中、30歳を前に、まわりの同期が次々と妊娠し、産休に入ると聞くことが多くなりました。

「私も、早く赤ちゃんが欲しい!」という思いがだんだん強くなりましたが、相変らず生理は重く、仕事も忙しく、ストレスも限界に差しかかっていました。 

そんな時、主人が転勤をすることになりました。

私も一緒に転勤願いを出すか退職するかをすごく悩みました。

自分の中で一番大切なのは仕事か妊娠か?

子宮内膜症の症状が重いならば、仕事と妊娠の両立は難しいのではないかと思いました。

主人と話し合った結果、一旦退職して内膜症を治療しつつ、早く赤ちゃんを産もうということになりました。

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2. 子宮内膜症との本格的な戦いスタート

子宮内膜症の治療開始

病院探し

30歳の夏に退職し、主人の転勤に伴って新しい町に転居。

そこで、子宮内膜症の治療を専門に行っている病院をいくつか探しました。

その中で、子宮内膜症の治療と不妊治療で有名な病院を選びました。

検査の結果

そこで、詳細な検査の結果、私に突きつけられたのは、

  • 5センチほどに肥大した卵巣チョコレートのう胞
  • それによる左側の卵管閉塞、癒着

という最悪の事実でした。

「これまで、かなり痛みがあったんではないですか? このままでは、自然妊娠は難しいです。まずは、手術が最善です」

主治医の言葉は、本当に重かったです。

目の前が真っ暗になり、私はもう一生妊娠できないんじゃないかと涙が止まりませんでした。

手術の前に 

手術の必要性を確認

私の場合、卵巣の肥大が大きいことと早期の妊娠を希望していたため、ホルモン治療などで生理を止める治療はあまり意味がないと言われました。

 

卵巣の肥大の原因は、MRIの検査から血液だと判定されていましたが、確定診断ではなかったのです。

つまり、100%良性だとは言い切れないということです。

卵巣のう胞の内容物を取り出して病理検査をするために、手術した方が良いとアドバイスされました。

手術への恐れと決断

手術をするのは生まれて初めてで、とても恐怖でした。

失敗したら、赤ちゃんを抱けずに死んでしまうのかもしれないなどと色々と考えました。

私自身のためにも、手術を受けたほうがいい。これが主人の意見でした。

良性の卵巣のう胞であることをまず確認し、子宮内膜症を治療して赤ちゃんを授かるために、手術を決断しました。

手術の内容

私の受けた手術は、腹腔鏡下のチョコレートのう胞の核出手術です。

  • 卵巣チョコレートのう胞を摘出すること(患部だけ核出し、卵巣自体は温存する)
  • 内容物を病理検査すること
  • 卵管やその他の臓器への癒着を取り除くこと
  • お腹の中をできるだけ洗浄し、きれいにすること

主治医から手術の内容についてこのように説明を受けました。

手術の経過

私の手術は腹腔鏡下で行われましたが、癒着がひどく、卵巣の中のチョコレート嚢腫をきれいに摘出することができませんでした。

癒着を剥がそうとして出血が多くなったので、医師は開腹手術への切り替えを外の主人へ打診してきたそうです。

しかし、開腹手術への変更は行わないことを事前に主人と話して決めていたので、主人は拒否しました。

腹腔鏡下での手術の方が、開腹手術に比べて術後の妊娠率が格段に高いと知っていたからです。

そして、手術はこのまま終わりました。

手術の結果わかった事

手術後に、主治医から手術の結果について以下の通り説明を受けました。

  1. 卵巣のチョコレート嚢腫は、内容物は吸い出したが、皮が残る状態で再発する可能性が高い。
  2. できる限りの癒着は剥がしたが、全てはできなかった。 
  3. お腹の中は洗浄し、腹腔内の出血は止まり、きれいになった。
  4. 片方の卵管は完全に閉塞している状態だが、もう片方は奇跡的に綺麗な状態である
  5. 内容物は血液で、良性のものである。

そして、最後に次の言葉を付け加えられました。

「手術後一年以内は内膜症の再発に時間稼ぎができる。だから妊娠率も上がるので、できるだけ早い妊娠へ向けて不妊治療をがんばって」

3. 不妊治療への取り組み

不妊治療のスタート

専門病院への通院開始

手術後、出血が多かった上に麻酔の副作用でめまいなどに悩まされ、2ヶ月ほど寝たり起きたりの生活でした。

32歳の春、術後の回復を待ってから、やっと不妊治療を本格的に始めることになりました。

治療へ向けて、体外受精などの成功率の高く、高度医療が有名な不妊治療専門の病院へ通院することにしました。

治療の方針に戸惑う

そこで、夫婦そろって詳しい説明を受けました。

私の場合は、初めから人工授精に数回チャレンジし、その後は体外受精へすぐにステップアップすることを勧められました。

かなり強引に治療方針を突きつけられた私たちは、いささか戸惑いました。

でも、前に進むしかないとすぐに決断しました。

人工授精を受ける

すぐに1回目の人工授精に挑戦しました。

結果はあえなく不成功。

そしてすぐに2回目を受けるも、また成功せず。

そして、3回目も・・・。結局3回とも成功しませんでした。

不妊治療の中断

私には、もう体外受精しか道はない。でも、今すぐには踏み出せない。

このまま、体外受精へ進んでいいのだろうかという気持ちでした。

そんな時、主人が自分の考えを言いました。

「もう疲れたよね。体外受精に今チャレンジするエネルギーはないんじゃないかな。治療を一旦やめよう。二人で過ごそう。」

私は時間を無駄にしていいのかと思いましたが、心が疲れていて体外受精に進む気力がありませんでした。

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4. 初めての妊娠

妊娠前の生活

不妊治療から離れると、ポッコリと妊娠する人がいるなんて、読んだりしたことがありましたが、自分には絶対に起こらないと思っていました。

なぜなら、子宮内膜症があると、自然妊娠は難しいと言われていましたから。

その頃の私たち夫婦は、同じベクトルというより違う方向のベクトルを向く状態の夫婦で、お互いに好きなことを気ままにするという感じでした。

子供は欲しいけど、今は無理よねという諦めから、子犬まで飼い始めていたのです。

まさかの妊娠

そんなある日、生理が遅れていることに気づき、まさかと思い自分で妊娠検査薬で調べたら陽性でした。

それまで、願いを込めて何度も試したことがある妊娠検査薬。

陽性判定サインを見た時、にわかには信じられませんでした。

産婦人科の受診

近所の産婦人科を受診するも、自分の妊娠が信じられず、先生に何度も念押し確認。

エコーに映る赤ちゃんを見て、やっと実感し、涙が止まりませんでした。

ハラハラと涙を流す私に、その産婦人科医は、「がんばってきたんですね。辛かったでしょう。奇跡だね!」と言葉をかけてくれました。

主人もすぐには信じられず、エコーの写真を見せると涙ぐんでいました。

赤ちゃんと内膜症の再発

出産する妊婦さんの多い産婦人科に通院を始め、検診が楽しみな毎日でした。

しかし、2度目の検診の時に、また奈落の底へ落とされるようなことが起きました。

また内膜症が進み、卵巣が肥大していたのです。

先生は、「今、3センチくらいに腫れているので、このまま妊娠を継続すると、大きくなり、破裂するかもしれません。手術をしましょう」と言いました。

新しい産婦人科探し

「赤ちゃんがお腹にいるのに、手術なんて危険なことができるわけはない。赤ちゃんを助けたい。」

そう考えて転院を決意。

子宮内膜症にも精通し、かつ出産もできる産婦人科を必死に探しました。

恩人の名医との出会い

探し当てた産婦人科医の先生は、「今手術するのは危険です。出産まで、そのままで持ちこたえられるように頑張りましょう」とおっしゃってくれました。

10ヶ月の妊娠期間のあいだ、私と赤ちゃんの命を守り通してくださったのです。

無事に出産

幸いなことに、妊娠中と出産のあいだは、卵巣のう胞が破裂することはありませんでした。

無事に、普通分娩で元気な初めての娘を出産することができました。

後から聞くと、その先生は輸血と緊急手術の準備をし、出産に備えていてくれたそうです。

5. 卵巣のう胞の破裂

幸せな育児

初めての娘の育児で、忙しいながらも幸せな毎日を送っていました。

内膜症のことはすっかり忘れていました。

一度目の卵巣のう胞の破裂

突然の激痛と入院

娘が2歳の頃、寝る前の読み聞かせをしていた夜、突然に今までにない激痛に襲われ、息もできなくなりました。

緊急入院で告げられたのは、やはり、卵巣のう胞破裂による腹腔内出血でした。

点滴・投薬により、一晩の入院で帰宅となりましたが、体の消耗が激しくて数日間寝たきりでした。

恩人の先生の意見

恩人の先生のところを再度受診し、卵巣チョコレートのう胞を今後どうするか、また、今後まだ妊娠を望むのかなどを話し合いました。

「そろそろ、片方の病巣の卵巣を摘出した方がいい」と先生はおっしゃいました。

2人目への思い

やっぱり、2人目の子供が欲しい。その思いはあふれるばかりでした。

卵巣を一つ取るということは、やはり、二人目を諦める覚悟がいることで、どうしても決断ができないのでした。

今後に卵巣のう胞が悪性化(ガン化)する可能性がないわけじゃないと言われても、「もう少し時間が稼げないか」、「まだ何かできるのではないか」と思っていました。

アメリカで二度目の卵巣のう胞破裂

38歳の頃、主人の仕事の関係でアメリカへ引っ越しました。

 

引っ越して1ヶ月後にまた激痛に襲われ、救急外来のERへ運ばれました。

例の名医の先生からの診断書をいつもカバンに入れて持ち歩いていた私は、アメリカ人の医者に診断書を見せて説明しました。

そして、「手術をしないでほしい」「卵巣を取らないでほしい」とお願いしました。

6. 2人目の妊娠

アメリカから戻って半年が経った頃、奇跡が再び起きました。

二人目を自然に妊娠していました。

「こんなにひどいお腹の状態の私を、よくママとして選んで来てくれたね」と、赤ちゃんに感謝の気持ちでいっぱいでした。

先生は、「二人目なんて奇跡だね。粘り勝ちだね。」とおっしゃってくださいました。

7. 卵巣の摘出

手術を決めた理由

40歳の春、例の名医の先生の先輩である医師の方に、二度目の腹腔鏡下手術を執刀してもらいました。

子どもを二人授かることができたので、「もう卵巣を維持するのはあきらめていいかな」、「子どもたちのために少しでも健康でいることを大事にしよう」と思いました。

手術は無事に成功

無事、チョコレートのう胞をもつ片方の卵巣を摘出しました。 

そして、腹腔内の子宮内膜症の病巣を綺麗に取り除き、癒着もはがしていただいたそうです。

取り出した組織を病理検査したところ、良性だと判明。

長い間頭の片隅にあった卵巣ガンの恐怖からも、解放されました。

8. 3人目の奇跡

卵巣は片方の一つしかなく、年も40歳をゆうに超えている・・・そんな状況の中で、神様は3人目の赤ちゃんを私に授けてくれました。

一つの卵巣がどんなにパワフルなものか、私は知りませんでした。

人間は何とすごい生き物なのだろうかと驚きました。

8. 最後にお伝えしたいこと

時には夫婦で休憩の必要

夫婦で休憩も時には必要です。

心が元気で前向きでないと、赤ちゃんがママのところへやって来れないのかもしれません。

自分の納得のいく最善の治療と医者を選びましょう

12年を振り返り、皆さんにお伝えしたいことは、「自分が後悔しない治療をしてくれる医者を探してください」ということです。

不妊治療は人それぞれにいろいろな病気や悩みを抱え、精神的に追い詰められ、本当に苦しいと思います。

私は幸いなことにうまくいきましたが、うまくいくためにも、万が一うまくいかなかった時に後悔しないためにも、自分が後悔しない治療をしてくれる医者を探してください。

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