SIDS(乳幼児突然死症候群)とは?原因・症状・治療・予防・体験談

1. SIDS(乳幼児突然症候群)とは?

すくすく育っていた赤ちゃんが、突然睡眠中に死亡してしまう病気です。

1才までの赤ちゃんがほとんどで、生後2ヵ月から5ヵ月にピークが見られます。

SIDSは、0才児の死亡原因の第3位です。

SIDSが起こる原因は、いまだ不明な点が多くあります。

SIDSが発症する割合は、約6,000〜7,000人の赤ちゃんのうち1人といわれています。

2. SIDSの原因

SIDSの正式名称

SIDSは英語の頭文字から取った略称です。

英語での正式名称は、「Sudden Infant Death Syndrome」です。

乳児の主な死因について

2016年に厚生労働省が発表した人口動態計(確定数)によると、2015年の乳児の主な死因は下記になります。

  • 1位:先天性の奇形、染色体異常 約37パーセント
  • 2位:出生時仮死・呼吸障害等 約13パーセント
  • 3位:SIDS 約5パーセント
  • 4位:不慮の事故 約4パーセント
  • 5位以下:肺炎・腸管感染症 約1〜2パーセント

SIDSは乳幼児の死因のうち、3位となっています。

SIDSが起きやすい条件

今までの統計によると、SIDSが起きやすい条件は下記になります。

  • 男の子の乳児
  • 早産や低出生体重児
  • 母乳以外で育った乳児
  • 冬の季節
  • 早朝から午前中
  • うつぶせ寝
  • 両親のタバコ

SIDSは事故それとも病気?

元気だった赤ちゃんが突然死することから、事故ではありません。

SIDSはウイルスや細菌性の病気ではありません。

また、発熱や嘔吐、下痢といった症状もありません。

そのため病気と表現するのも難しく、突発的な症状として見られています。

SIDSと遺伝子の関係は?

SIDSが起こる原因の1つとして、遺伝子説が有力視されています。

心筋細胞の遺伝子、不整脈を起こす遺伝子、神経系のセロトニン遺伝子に特異な兆候があると確認されています。

遺伝子がすべてのSIDSの原因とはかぎりません。

体質や生活環境も大きく影響していると考えられています。

SIDSの危険性がなくなる年齢は?

1才を超えればSIDSの心配はありません。

3. SIDSのリスクを下げるには

1. 赤ちゃんをあお向けに寝かせる

SIDSで亡くなった赤ちゃんの79%はうつぶせ寝(赤ちゃん一般では14%)だったことが判明しています。

あお向け寝にするよう厚生労働省からも勧告が出ています。

起きているとき、うつぶせで遊ばせるのはやめる必要はありません。

また、早産の赤ちゃんで呼吸の問題があるなど、医師からうつぶせ寝をすすめられているときは指導どおりにしてください。

2. 赤ちゃんを温めすぎない

厚着や布団のかけすぎもSIDSの危険因子です。

赤ちゃんは体温調整が未発達で、代謝も活発で平熱時も37度前後と高めです。

脱水症状を引き起こす原因にもなり、命にもかかわります。

汗をかきすぎている場合、薄着にする、通気性のいい服装にしましょう。

3. 母乳で育てる

母乳で育てられている赤ちゃんは、人工乳(粉ミルク)で育てられている赤ちゃんと比べて、SIDSの発症率が低いと言われています。

4. 赤ちゃんのいる家庭では禁煙する

近年の研究から、喫煙は危険要因で4倍も危険度を高めることが知られています。

5. 赤ちゃんをなるべく1人にしない

よく眠っているからといって、長い時間赤ちゃんを一人にしないようにしましょう。

SIDSにかぎらず、あらゆる事故を未然に防ぐことにつながります。

4. 赤ちゃんがSIDSで亡くなったとき

亡くなった原因を解明する

赤ちゃんが病院外で突然亡くなったときは、その原因を客観的に解明する必要があります。

そのためには、ママ、パパにはつらいことですが、解剖することになります。

解剖が行われて初めてSIDSとの診断が下ります。

責任を追求しない

ママやパパの子育ての方法などで、お互いに責任を追求しないようにしましょう。

責任を追求しても、亡くなった赤ちゃんのためにはなりません。

現実を受け入れるのはつらいですが、立ち直ることがたいせつです。

責任を背負い込まない

SIDSはママやパパの責任ではありません。

自分たちだけで悲しみや苦しみを抱え込まないこともたいせつです。

5. 先輩ママの「うちの子のSIDS体験談」

幸介くんのママより

◆妊娠

妊婦検診のため病院に行くと、産婦人科の待合室にポスターが貼ってありました。

そのポスターには…

─────────────

乳幼児突然死症候群から赤ちゃんを守りましょう!

①うつぶせ寝は避ける。
②タバコはやめる。
③できるだけ母乳で育てる。

─────────────

と書いてありました。

その頃の私はそんな病気があるのね。と他人事のように考えていました。

なので、妊娠中に乳幼児突然死症候群について深く考えることはありませんでした。

妊娠中に特に問題もありませんでした。(1回だけ体重に赤印が入りました…)

順調にお腹の中で赤ちゃんはすくすくと育っていました。

◆出産

そして、2009年4月6日午前7時5分に私は可愛い男の子を出産しました。

初産でしたが、これまた特に問題はなくスムーズな出産だったと思います。

名前は産まれる前に決めてありまして、幸介(こうすけ) と名付けました。 (幸介のことは以後、こうちゃんと呼びます。)

こうちゃんは56cmの3580kgと少し大きい子でした。

病院の諸々の検査では何も異常はなく健康児でした。

なので、予定通りに退院をしてお家に帰ることが出来ました。

◆こうちゃんとの55日間

男の子のこうちゃんですが、泣き方は女の子のように優しかったです。

将来はきっと優しい子になるだろう。と思っていました。

こうちゃんはお風呂が好きで、沐浴をすると泣いていてもすぐに泣き止みました。

気持ちよさそうに「ほー」という口の形をしてましたね。笑

本当にいい子でした。

あ、おしっこをかけられたことがありましたね。

男の子あるあるですよね。

それも可愛かったです。

◆ミルクなのですが…

私は母乳が全然出ませんでした。

なので、こうちゃんはほとんど人工ミルク(粉ミルク)を飲んでいました。

当時の私は、人工ミルクに対して抵抗はありませんでした。

私自身も人工ミルクで育てられたと、母から聞いていましたので…

しかし、これが私の一番の後悔となりました。

母乳で育てていたら、違う未来になったのでは…

と、今でも思っています。

◆そして、突然に・・・

こうちゃんが生まれて56日目の夕方16時のことでした。

私は、こうちゃんが寝ている寝室とは違う部屋で本を読みながら寝てしまっていました。

お母さんって不思議ですね。

寝ていたとしても、もうすぐ赤ちゃんが泣く時間かなってわかるんです。

この時もふっと目が覚めました。

しかし、泣き声は聞こえません。

「ずいぶんぐっすり寝ているのね。様子を見に行こう。」

と寝室に行きました。

・ ・ ・

こうちゃんは、寝ていました。

寝ているように見えました。

しかし、いつもと違うことに気が付きます。

唇が真っ青なのです。

顔も爪も青い。

「え……こうちゃん…?」

こうちゃんを抱きかかえると、こうちゃんの口から水が出ました。

体温は感じられずひやっと冷たい。

一切動かない。

何が起きたのか理解出来ませんでした。

異常であることしか分かりませんでした。

とにかく救急車を呼ばなくては!と思い、電話しました。

この時は本当に混乱していたので…何を話したのか曖昧です。

こうちゃんに人工呼吸をしたのは、覚えています。

そうするうちに救急救命士が、家に来ました。

◆救急救命士のひと言

こうちゃんと一緒に救急車に乗りました。

こうちゃんは色々な処置を受けていました。

私は両手をぎゅっと握り合わせて

こうちゃんを助けてください。お願いですから助けてください。

ただ祈ることしか出来ませんでした。

そんなときですね…

ボソッと呟いた若い救急救命士の言葉が忘れられません。

「もう、これ無理ですよ…」

この言葉は私をどん底に突き落としました。

言葉で表しきれないほど……

絶望しました。

それでも…

それでも、こうちゃんは大丈夫って信じました。

そんな言葉なんか聞こえないふりをしました。

大丈夫だって信じたかった。

受け入れられなかった。

◆病院へ

病院の救急入り口から入り、すぐにお医者さんや看護師さんがこうちゃんに処置を始めました。

ここでも私はただ祈ることしか出来ません。

何も出来ない。

無力ですね。

・ ・ ・

時間はよくわかりません。

看護師さんから呼ばれて顔を上げると

お医者さんから死亡宣告を受けました。

たくさんの医療器具を取り外した後に、おくるみに包んだこうちゃんを抱かせてくれました。

こうちゃんを抱くと、私は急に口が動き出しました。

「こうちゃん、痛かったね…」

「こうちゃん、苦しかったね?」

「ごめんね…」

「早いなぁ。…早すぎるよ。」

「本当にごめんね…」

こうちゃんを抱いている間ずっと話しかけました。

勝手に口が動き出して止まりませんでした。

その後、別室に移動し、警察で検死を受けなければならないと言われました。

検死後は、ホチキスなどを使ってなるべく復元をして手元に返すと言われました。

私は、あんなに小さな身体をまだ痛めつけるのか?

そんな物を扱うように言わないで!!

と拒否をしましたが…

ダメなんですね…

こうちゃんは警察で検死を受けました。

その結果、乳幼児突然死症候群で原因で亡くなったことが分かりました。

◆後悔する日々

無事にこうちゃんの葬儀を終えました。

家に帰ってくると家はとても静かでした。

数日前までは、こうちゃんの泣き声が聞こえていたのに。

私たち家族もよく笑っていたのに。

小さな身体のこうちゃんでしたが、こうちゃんの存在はとても大きなものになっていたんですね。

それから、私は乳幼児突然死症候群について調べるようになりました。

本を借りたり買ったり、インターネットで調べたり。

そのうちに妊婦健診を受けていた病院に、貼ってあったポスターと同じ文面を見つけました。

─────────────

乳幼児突然死症候群から赤ちゃんを守りましょう!

うつぶせ寝は避ける。

タバコはやめる。

できるだけ母乳で育てる。

─────────────

うつぶせ寝にはさせていない。

喫煙もしていない。

母乳で育てなかったことが原因なの…?

それはわかりません。

でも、母乳が出ないなら、出るように努力しなかった自分を悔いました。

だからこそ、同じことは繰り返したくないと思いました。

◆あれから6年

こうちゃんが亡くなってから、今年で6年が経ちました。

以前の私は、どん底という言葉がぴったりの状態でした。

何もしていないと勝手に涙が出てくるんです。

なので、常に何かしていようと動き回っていました。

寝るときが1番辛かったですね…

どうしても考えちゃって。

あとは、友人の赤ちゃんを見るのも辛かったな。

そんな状態でしたが…

今、私は元気です。

元気になるまでには、家族の支えが大きかったです。

側にいてくれるだけで有難いこともありました。

泣かせてくれたこともありました。

本当に感謝しています。

今でも決してこうちゃんのことを忘れることはありません。

しかし、悲しい思い出としてではありません。

55日間しか一緒に居れなかったけど、その中でたくさんの幸せをもらいました。

何でもない当たり前だと思っていた毎日には、幸せがいっぱいあることに気づかせてくれました。

こうちゃんと一緒に過ごした日々は、大切な思い出としてこれからもずっと忘れません。

・ ・ ・

私のSIDS体験談はこれで終わりです。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。

6年経った今でもこんなにも鮮明にこうちゃんのことが思い出せるんだと、この体験談を書いていて気づきました。

書いている途中は泣いてしまうこともあり…少しずつ書きました。

つたない文でしたが、読んでくださって本当にありがとうございました。

最後にご報告させていただきます。

私には現在1歳になる娘がおります。

まだまだ気の抜けない時期ではありますが…娘は元気に育っています。

娘を育てるときに気をつけたことは“できるだけ母乳育児”です。

母乳育児のために試した方法なども、いつか公開できたらと思っています。

公開の目途がたちましたら、またご報告させていただきます。

引用元:乳幼児突然死症候群の経験から伝えたいこと